非線形科学

非線形科学 (集英社新書 408G)
蔵本 由紀
集英社 (2007/09)
売り上げランキング: 21617

非線形科学と聞いて思い浮かべたのは、ああ、線形ではないのね、ニューラルネットなど、非線形モデルで定義したシステムに関する研究についての本なのかな?ということだった。

しかし、この本は、たとえばニューラルネットなど特定のモデルに限った話でないのはもちろんのこと、非線形モデル全般の話でもない。そんな狭い話題ではないのである。タイトルを見直すと、非線形「科学」である。非線形「モデル」ではないのである。このあたりから、勘違いしてしまった。第一章から読み始めると、すぐにそのことに感づかされる。そこですかさず襟を正す。

いきなり第一章から、非線形科学が取り扱う自然観、非線形科学を通じて見渡せる地平に対する、著者の強烈な思いが語られる。非線形科学に対するイメージを著者と十分共有できていないこの段階で、研究テーマに対する思いを読者に伝えるのは、相当に難しい作業だとおもうのだが、何とかそれができてしまっている。これはとても難しいことなので、確かに難解だし、ある程度自然科学になじんだものではないとついてこれないかもしれない。この本は、数式を使わない、一般向けの本ではあるのだが、読者はそれなりに選ばれるのである。

第三章から五章では、非線形科学での事物の振る舞いの本質である3つのアトラクターについて詳述しており、ここで、この本の中での非線形科学の輪郭がはっきりする。ここを理解できたなら、非線形科学のイメージを、その一端たりとも著者と共有できたといえるだろう。

第六章は、フラクタル、ネットワーク理論に言及している。後者では冪分布非線形科学の関係が面白かった。冪分布は、それが現れる理由は多くの場合明らかではない。そのくせあちこちに現れる。

そして、エピローグであるが、再び著者の、非線形科学への思いが語られる。線形科学においては、複雑な物事は、単純な物事の重ねあわせであるとの立場から、その宿命として、より微細に、より詳細に対象を分解することで進展を成し遂げてきた。それは世の中を変革し、人々の生活を豊かにした反面、この科学を作り出した人間には制御不能な事象も同時に生み出してしまった、というような意味のことを語り、これまでの線形科学の発展をたたえる一方で、真摯に反省もしている。自然科学に携わる者として、失ってはならない資質がここにあると思う。

そして、複雑なものをそのままに、そして一見無関係な現象のなかの事物の振舞い方に共通性を見出すという立場に立脚する非線形科学が、確かに学問として成り立つ、すなわち普遍性を持つことは、これまで見てきたとおり、疑いようのないことであり、まだまだこの分野は発展途上の、今世紀の科学であると述べている。

著者がまだ若手研究者で、線形科学的なアプローチに漠然と疑問を抱いていた頃、影響を受け、触発された研究者、論文との出会いなども少しエピソードとして載っている。研究に付随する苦悶の様子が見えるようでもあった。そういう点でも、高校生、大学生には、この本はぜひ読んで欲しい。

どうも、著者の蔵本先生の講義は、学生時代に聴いたような気がする(覚え違いかもしれないが)。あと、褒めちぎってばかりいたので、ひとつこの本で満足いかなかったところをいえば、第六章。フラクタル非線形科学の領域なのだろうが、この部分にも、フラクタル非線形モデルを数式で示して欲しかった。第三から第五章で説明されたアトラクターと、フラクタルの関係が、この式を示すことによって、直感だけでなく、イメージとして理解しやすくなったはずだと思う。