生物と無生物のあいだ

生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)
福岡 伸一
講談社 (2007/05/18)
売り上げランキング: 6

ワトソンとクリックによるDNAの二重らせん構造の発見以後、生命とは、「自己複製能力を持ったシステム」というミクロレベルでの定義がなされ、生物とは何か、という深い問題にひとつの答えが示された。だが、ウィルスはほかの細胞の力を借りながらも、自己を複製する一方で、一定の条件化では食塩や明礬のように結晶をつくるという無生物のような性質も備える。この本ではウィルスを生物とは定義しない。これに代わる「律動する生命」を、「生物と無生物の界面」を、同じくミクロレベルで正確に定義する、というのがこの本の主題である。

自己複製という機能、物理的存在としての捕らえ方では生物の記述は不十分であり、生物を形作るまでの不可逆なプロセス、そのダイナミクスが備える相補性に担保された振る舞いこそが生物自体という定義が、生物学の研究者としての立場から、自身の研究成果や、エピソードも交えながら、素人にもわかりやすく、十分な説得力を持って主張されている。

また、この本の魅力は、この主題だけではない。DNA発見のダークな裏話や、研究者同士の競争、日米の大学の組織の違いはもちろん、ジグゾーパズルの「やまのん」のサポートサービスの話まで飛び出す。それらをきっかけに、徐々に著者の結論に近づけられていくようで、読み物としての楽しさも備えており、それがこの本の評判でもあるようだ。

最近の新書は、時事ネタものが目に付くので(これが新書の役割のひとつでもあるが、行き過ぎ)、生物学で新しい進展が最近あったかな、と思ったのだが、この本はそういう時事ネタ新書ではない。著者の研究は確かにDNAの発見のように、わかりやすく華々しいものではない。今後も著者の研究と同様の事実の積み重ねがなされ、最終的にはそのダイナミクスを説明する物理的存在が明らかになるときがくるかもしれない、という状態のものだろう。物理的な発見と、プロセスの解釈では、わかりやすさが違ってしまうのは仕方ない。だから一般向け書籍としては読み物の体裁をとったのだろう。とはいえ、時事とは関わりなく、これだけ硬質な内容を語りきったクォリティの高さはすばらしい。